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和歌山地方裁判所妙寺支部 昭和41年(ワ)6号 判決 1970年6月27日

原告

森本

ほか一名

被告

和歌山県

ほか二名

主文

被告大谷および同神倉は各自原告森本に対し金五五万五、五九四円および内金四五万五、五九四円に対する昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告大谷および同神倉は各自原告森本スミエに対し金五五万五、五九四円および内金四五万五、五九四円に対する昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名の被告大谷および同神倉に対するその余の各請求ならびに被告和歌山県に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告両名と被告大谷および同神倉との間に生じたものはこれを六分し、その五を原告両名のその余を被告大谷および同神倉の各負担とし、原告両名と被告和歌山県との間に生じたものは全部原告両名の負担とする。

この判決は第一、二項に限り仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

(一)  原告

1  被告らは各自原告森本に対し金二八三万八、九八五円および内金二六三万八、九八五円に対する昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自原告森本スミエに対し金二八三万八、九八五円および内金二六三万八、九八五円に対する昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(二)  被告大谷および同神倉

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

(三)  被告和歌山県

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二、請求原因

(一)  原告森本は訴外亡森本肇の父、原告森本スミエは右肇の母である。

(二)  訴外森本肇は、昭和四〇年一〇月二一日午前六時二五分頃原動機付自動二輪車を運転し橋本市小原田の菱田産業石油倉庫前附近国道一七〇号線を時速約四〇粁で道路左側を南進中、後記の如く道路上に放置してあつた大型貨物自動車を発見しハンドルを右に切つたが及ばず右貨物自動車の後尾右側部分に衝突して転倒し、脳底骨折によりその場で即死した。

ところで、右貨物自動車は、被告大谷が同月一七日午後三時頃同車を運転し前記国道を南進し、本件事故現場手前の同市小原田一一七番地山下弥七方前道路にさしかかつた際前方注視を怠つた過失により右山下方倉庫に衝突するに至り、同人方板塀を破損するとともに、右自動車自体も故障したため、これを約八〇米移動させた後、前記事故現場に駐車し、爾来前記事故の日まで放置してあつたものである。

(三)  ところで、右の如き故障車を道路上に相当時間放置することは、道路の人車の交通の障害となることは勿論、同所は秋十月から十一月にかけて早朝霧が発生し前方の見透しも困難な程深くかかることも度々ある場所であるから、自動車運転者の故障車に対する措置としては、できるだけ自動車を附近の空地等の適当な場所に移動するか、できるだけ道路端に寄り道路に平行に駐車するか、それができない場合には一見して障害物であることが明確に判別できる標識等を設置して事故の発生を防止する注意義務があるのにかかわらず、被告大谷は右の措置に出ることなく漫然前記貨物自動車を道路左端より一米余り中央に寄せ、車体後尾を道路中央部寄りにし、道路に平行することなく、交差点内に駐車し、かつ右の如き注意標識を設置することなく国道上に放置したものであり、前記事故を惹起せしめるにつき過失がある。

(四)  被告大谷は、民法第七〇九条により本件事故のため原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

被告神倉は、大型貨物自動車による土砂等の運搬を業とするもので、被告大谷を自動車運転者として使用していたものであるが、本件事故による損害は被告大谷が右事業の執行につき惹起せしめたものであり、同法第七一五条により賠償の責任がある。

仮りに右主張が認められないとしても、被告神倉は自動車損害賠償保障法第三条により、事故車の保有者として賠償責任がある。すなわち、同条にいう自動車の運行とは、エンヂンによつて駆動して走行している状態だけではなく、自動車の故障等のため道路上に一時駐停車している場合をも含むと解すべきことは常識上からも当然だからである。

(五)  被告県は、左記理由により本件事故により発生した損害を賠償すべき義務がある。

すなわち、和歌山県知事は、道路法第一三条、第四二条により本件事故現場の存する国道について管理責任を有するものである。

そして、右道路上には前記の如く交通の障害となる故障車が放置されたままになつていたため本件事故を惹起するに至つたものであるが、右の如き障害物たる故障車が道路上に放置されているということは、道路に穴があいているとか隆起があるのをそのままにしておいたのと同様に道路管理の瑕疵に当るというべきである。

しかして、道路法第四九条、第五〇条によれば被告県は、県知事の道路管理につき費用負担者であるから国家賠償法第二条、第三条により本件事故により惹起した損害を賠償すべき義務がある。

(六)  本件事故による損害は次のとおりである。

1  訴外亡肇の喪失利益

訴外肇は、本件事故当時年令二三才三月であつたので、平均余命は四七、三九年もありその間の就労可能年数は四〇年と考えられる。

しかして、訴外人は、本件事故当時国鉄和歌山機関区に勤務し月平均二万二、七七一円の収入を得ており、当時の生活費は一月一万四、〇〇〇円を越えなかつたから、一月当り八、七七一円の純収入があつたものである。

右純収入を基礎として向後四〇年間に得られるべき利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現在価を求めれば、二二七万七、九七〇円(ただし、円未満の端数は切上げる)となる。すなわち、訴外人は同額の得べかりし利益を喪失したものである。

2  原告両名は、訴外肇の右損害賠償請求権をそれぞれ二分の一宛相続した。従つて各自一一三万八、九八五円の損害賠償請求権を取得した。

3  原告両名の慰藉料

原告らは、杖とも柱とも頼む一人息子の肇を本件事故により喪つたものである。

原告らは、いずれも病弱であり、かつ、さしたる資産とてなく迫りくる老年を前にして生活の方途を見つけることもできず途方にくれている有様である。

原告らが肇を喪つた悲しみと苦痛は筆舌に尽し難く金銭に評価して償いうるものでもないが、原告らの将来の扶養の必要状態をも考慮して原告ら各自一五〇万円宛をそれぞれ請求する。

4  原告らは、本訴の提起を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として着手金は一〇万円、成功報酬は判決認容額の二割を支払う(ただし、三〇万円を下らないこと)旨の約束をした。

このうち着手金の一部として金五万円を支払ずみであるが、残三五万円以上は一審判決後直ちに支払わねばならない。

これらは、いずれも被告らの不誠実な示談交渉等の結果生じたものであるから、被告らにおいて損害賠償金として負担すべきものである。

さしあたり原告ら各自二〇万円宛を請求する。

(七)  よつて、原告らはそれぞれ被告ら各自に対し損害金二八三万八、九八五円および内金二六三万八、九八五円(弁護士費用を除く)に対する本件事故の翌日である昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延利息金の支払を求める。

三、被告大谷および同神倉の答弁ならびに主張

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同上(二)のうち、訴外亡肇が原告主張の日時場所において駐車中の大型貨物自動車に衝突する事故を起し、そのため死亡したことは不知。被告大谷運転の大型貨物自動車が、原告主張の日時、その主張の訴外山下方倉庫に衝突し板塀を破損した後、原告主張の場所に右自動車を移動し駐車したことは認めるが、放置したとの事実は否認する。

(三)  同上(三)は否認する。

(四)  同上(四)のうち、被告神倉が本件事故当時大型貨物自動車による土砂等の運搬を業としていたこと、被告大谷が被告神倉に自動車運転者として雇傭されていたこと、本件事故車が被告神倉の保有にかかるものであることは認めるが、その余の被告両名の賠償責任に関する主張はいずれも否認する。

(五)  同上(六)の損害の発生に関する主張はすべて不知。もつとも、原告らが訴外亡肇の相続人である事実は認める。

(六)  被告大谷は、原告主張の如く同年一〇月一七日午後三時頃訴外山下方倉庫に衝突したため自己の貨物自動車も故障して運行不能となつたので、直ちに他車の援助によりこれを右事故現場より移動させ道路左側に寄せ、尾灯を点け、かつ車体の後部の先端に取り敢えずタオルをたらして停車中の自動車であることを明示する標識を施し、自動車修理業山口モータースこと訴外山口勇に修理を委頼した。

ところが右山口は早急に現場に来てくれなかつたが、同月一九日午前八時頃被告神倉において山口を連れて現場に臨み右事故車を修理のため同人に引渡したところ、該修理は同月二二日完了したので再び同車の引渡しを受けた。従つて、その間は事故車の管理は山口モータースにあり被告大谷および同神倉の占有管理から離脱していたものである。被告らは、本件事故の発生ならびに損害につき何ら責任はない。

原告らの被告らに対する請求は失当である。

四、被告県の答弁

(一)請求原因(一)の事実は、不知。

(二)  同上(二)の事実は、不知。

(三)  同上(五)の主張は、否認する。

道路法第一三条によれば、道路の維持、修繕および管理は建設大臣が行い、いわゆるその他の部分については都道府県知事が行うことになつている。ここに都道府県知事とあるのは、地方公共団体の長または機関である知事でなく、国家の事務を委任によつて掌理する都道府県知事である。従つて、本件事故の責任の一端を被告和歌山県に帰するのは失当である。

(四)  同上(六)の事実は、争う。

三、証拠関係〔略〕

理由

第一、被告大谷、同神倉に対する請求について。

一、事故の発生

〔証拠略〕によれば、訴外森本肇は、昭和四〇年一〇月二一日午前六時過ぎ頃原動機付自転車(橋本市三―一五五〇号)を運転し国道一七〇号線を国鉄橋本駅方面に向け時速約六〇粁で道路左側を南進中、橋本市小原田一六番地菱田産業石油倉庫前路上において、たまたま被告大谷が道路左側に置いてあつた大型貨物自動車(泉り五五二号、以下本件自動車、あるいは本件故障車ともいう。)の荷台後部(右側部分)に激突し、頭蓋底骨折によりその場で即死したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、被告大谷の過失および訴外森本肇の過失

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、被告大谷は、昭和四〇年一〇月一七日午後、和歌山県伊都郡かつらぎ町地内まで砂利の採取、運搬に赴くため、本件自動車を運転し時速約四〇粁で国道一七〇号線を大阪府方面より南進中、橋本市小原田一一七番地山下弥七方前路上にさしかかつた際前方注視を怠つたため道路右側に積上げてあつた薪に乗り上げ更に山下方倉庫に本件自動車を衝突させ柱二本を折損し板塀を破損する事故を惹起したが、右事故により本件自動車もまた右前輪やハンドル等を故障したため、たまたま通りかかつた訴外貨物自動車に牽引して貰い同所より約八〇米南方の同市小原田一六番地菱田産業石油倉庫前道路まで移動させ、道路左側より左前輪において約一米二〇糎、左後輪において約一米一〇糎の間隔、道路中央線より右前輪において約五三糎、右後輪において約一六糎の間隔をおき道路に平行でない位置で荷台後部右側に所携の長さ五〇糎幅三〇糎の白い布切れを垂らした状態で駐車した。そこで、被告大谷は、右故障事故の発生を雇主である被告神倉に通報し、被告神倉において翌一八日午前一一時頃同郡高野口町の自動車修理業山口勇に本件自動車の修理方を依頼したが、被告神倉の催促にもかかわらず訴外山口は修理に着手せず、ようやく同月二〇日に至り被告神倉とともに右駐車現場に赴いて故障箇所を検査し、両名協議の上ハンドルは工場へ持ち帰り修理することとし、その他の修理は右現場で行うことに約し、訴外人は本件自動車の修理に取りかかつたのであるが、本件自動車は前記の場所に前記の状態で置かれたままであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。(山下方板塀に衝突するという第一の事故については、当事者間に争いがない。)

ところで、故障車を道路上に駐車することは道路の交通の妨害となること明らかであり、追突等の事故が発生する危険性も存するのであるから、かかる故障車を駐車せんとするものは、附近の空地等適当な場所に移動して駐車するか、かような適当な駐車場所がない場合には出来るだけ道路端に寄せて駐車し、現場に至る手前で一見して障害物であることが明確に判別できる注意標識を設置するなどして事故の発生を未然に防止する万全の措置を講ずべき注意義務があると考えられる。

ところが、被告大谷は右注意義務を怠り、〔証拠略〕によれば、前記の第一の事故現場である訴外山下方附近には大型貨物自動車十数台を収容できる程度の空地が存在することが認められるにもかかわらず、適当な駐車場所を探すこともせず単に本件自動車を前記の如く山下方倉庫前から約八〇米余南方の道路左側に移動したにとどまり、しかも前記の如く中央寄りに位置した状態で駐車し、注意標識としては僅かに前記程度の大きさの白い布切れを垂らしたに過ぎなかつた。しかして、被告神倉が被告大谷よりの連絡を受けて訴外山口に本件自動車の修理を依頼した以後は、本件自動車はいわば被告大谷、被告神倉および訴外山口の共同管理の下におかれることとなつたと見るのが相当であるが、右共同管理の下においても本件自動車の駐車状況は依然として従前のままであつたのである。すなわち被告大谷らが本件自動車を不完全な注意標識を施したまま数日間漫然と放置した結果本件事故を惹起するに至つたもので、本件事故の発生につき被告大谷に過失があるといわねばならない。

(二)  ところで、被告らは、本件故障車は同月一九日自動車修理業山口勇に対し修理のため引渡し、同月二二日修理が完了したので再びその引渡しを受けたのであるが、右修理の期間中は故障車の管理は訴外山口にあり被告大谷および被告神倉の占有管理から離脱していたから、被告らは本件事故の発生につき過失も責任もない旨主張するが、前叙の如く本件故障車を訴外山口において修理中は被告大谷、被告神倉および訴外山口が前記駐車現場において共同管理中であつたと見るのが相当であり、被告大谷に本件事故発生につき過失あることは前述のとおりであり、被告らの主張は採用し難い。

(三)  〔証拠略〕によれば、被告大谷が故障車を駐車した状況は、前記のように道路左端より左前輪において約一米二〇糎、左後輪において約一米一〇糎の間隔をおいた道路中央線寄りの位置であるが、本件事故現場附近の国道の幅員は、約七米五〇糎あり、右の如く道路上に置かれた本件自動車の占める幅約二米三三糎を除いてもなお道路右側に約四米一一糎の幅が残つているから、自動二輪車の運行には特段の障害があつたものということができないのみならず、その附近はコンクリート舗装された平担な直線道路となつており、南北にわたり相当区間(南北に向つてそれぞれ少くとも一〇〇米)は一直線に見透せる場所であり、かつ前述の如く不十分ながらも車体後尾に注意標識が施されていたのであるから、右道路を通過する人車は通常の注意を払いさえすればたとえ早朝であつても又若干霧がかかつていても(証人増田貢の証言によれば、事故当日の朝は、現場附近に霧がかかつていたことが認められる。)本件故障車の如き障害物はその手前で容易に発見し得る状況にあつたにもかかわらず、肇は前方を十分注意せず漫然時速約六〇粁以上の速度で進行したため、本件故障車の後尾に激突するに至つたものであることが認められる。そうすると、肇の前方注視義務の懈怠が本件事故発生の主要な原因をなしていることは否定し難いところであり、その過失割合を案ずるに、被害者を六とすれば、加害者を四の割合と見るのが相当である。そして、肇の右過失は、本件損害額を定めるにつき斟酌、相殺されるべきが相当である。

三、被告らの責任

(一)  以上のところよりすれば、被告大谷は、民法第七〇九条の不法行為者として本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

(二)  被告神倉が、本件事故当時、大型貨物自動車を所有して建材業およびそれに附随する土砂の採取運搬を業としていたこと、被告大谷を自動車運転者として雇傭し、右土砂の採取、運搬の仕事に従事させていたものであることは、被告神倉の認めて争わないところである。

しかして、本件事故は、前述の如く被告大谷が土砂運搬のため、伊都郡かつらぎ町地内までその積込みに赴く途中、物件事故を惹起し、自己が運転中の本件自動車もまた故障したため、これを修理する間五日間国道一七〇号線の前記地点に放置中発生したものであるから、被告大谷が被告神倉の右事業を執行する過程において惹起せしめた事故であることは否定し難く、被告神倉は民法第七一五条により本件事故に基づき原告に生じた損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

四、進んで本件事故によつて生じた損害について判断する。

(一)  訴外肇の得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕を綜合すると、訴外肇は昭和一七年七月二〇日生れで本件事故当時二三年三月であり、生前極めて元気に生活していたものであり、橋本高等学校卒業後国鉄に入り本件事故当時和歌山機関区機関車係として機関車の整備の仕事をしていたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、厚生省の昭和四一年簡易生命表によれば、年令二三年の男子は、なお四七、三九年の平均余命が存することが認められるところ、前記の如き、職種にあつては通常満六三才位までは支障なくこれに従事できるものと考えられるから、右肇もまた本件事故なかりせばなお四〇年間は前記職種の仕事に就労することができるものと推認される。

そして、〔証拠略〕によれば、肇は、本件事故直前の三ケ月間に一月平均二万二、七七一円(円未満切上げ)の賃金を得ており、当時一月少くとも一万四、〇〇〇円程度の生活費を必要としていたこと、すなわち一月当り八、七七一円の純収入を取得していたものと認められる。そうすると、肇は一月当り八、七七一円(年間一〇万五、二五二円)の割合により将来四〇年間に得べかりし利益を本件事故により喪失したものというべく、これをホフマン式複式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出すると、金二二七万七、九七〇円となることは計数上明らかである。右金額が肇の得べかりし利益の喪失による損害である。しかして、本件事故の発生については肇にも前述の如き過失があるからこれを斟酌すると、肇が被告らに請求でき得た金額は右金額の四割に当る金九一万一、一八八円と定めるのが相当である。

(二)  相続

原告森本は肇の父、原告森本スミエは肇の母であることは、当事者間に争いがない。

そうすると、原告両名は、肇の取得した前記(一)の損害賠償債権金九一万一、一八八円を法定相続分に従い各自その二分の一に相当する金四五万五、五九四円宛相続したものといわねばならない。

(三)  原告両名の慰藉料

〔証拠略〕を綜合すると、訴外肇は原告両名間の長男として出生したもので、橋本高等学校卒業後前記の如く国鉄に勤務しその月給によつて原告ら両親を扶養していたこと、原告は大工であるが生来体が弱く動脈硬化の持病があり充分働くことができず肇一人を頼りにし将来を嘱望してきたものであること、原告はすでに年令六〇才に近く原告スミエも五〇才に達していて、老後の生活は不安定であることが認められる。本件事故により一人息子を喪つた原告らの精神的な苦痛が甚大であることは推認するに難くないところである。以上のほかに、本件事故の原因、態様、肇の過失等本件審理の過程において窺われる諸事情を斟酌すると、原告両名の精神的苦痛を慰藉するには、原告ら各自に対し金五〇万円をもつてするのが相当である。

(四)  弁護士費用

原告らは、前述(二)、(三)の如く被告大谷および同神倉に対し損害賠償金債権を有するものであるが、被告らが任意にその支払をしないため原告ら代理人に委任して本訴提起をするのやむなきに到つたものであること、そして、原告ら訴訟代理人に対し弁護士費用として着手金一〇万円、成功報酬金として判決認容額の二割を支払う旨約し、着手金の一部として金五万円をすでに支払いずみであることが、原告両名の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨により認められる。

しかして、以上の事実のほか、本件訴訟の難易、訴訟追行の具体的状況、被告らに対する請求の成否、認容額等を斟酌して判断するときは、原告らが弁護士費用として右訴訟代理人に負担するに至つた債務中、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害は、金二〇万円と認めるのを相当とする。原告らは各自その二分の一に当る金一〇万円宛を被告らに請求することができるものといわねばならない。

(五)  ところで、証人脇田克美の証言によれば、本件事故につき原告らがいわゆる自賠責保険金一〇〇万円を受領していることが認められるから、原告らの損害賠償債権もその限度で消滅しているものというべく、右一〇〇万円は特別の事情のない限り、原告らに対し各二分の一の割合により支給されたものと認めるのが相当である。

五、以上の次第であるから、原告らの被告大谷および同神倉に対する本訴各請求は、前記四、の(二)、(三)および(四)の各損害額合計一〇五万五、五九四円から同(五)の自賠責保険金各五〇万円を控除した各金五五万五、五九四円と内金四五万五、五九四円に対する本件事故の日(肇の死亡した日)の翌日である昭和四〇年一〇月二二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却すべきである。

第二、被告県に対する請求について。

(一)  本件事故現場附近の国道一七〇号線の管理者が被告県を統轄する和歌山県知事であること、および右国道の管理費用負担者が被告県であることは、道路法第一三条ならびに同法第四九条、第五〇条に照らし、また証人北浦嗣郎の証言により明らかである。

そして、本件事故の発生、態様、その経過は、前述(第一、の一、二)のとおりである。

(二)  本件事故は、要するに、被告大谷が前記国道上の本件事故現場に故障車を修理する間五日間放置していたところ、訴外肇がこれに激突して死亡するに至つたという事案であるところ、原告らは、右事故によつて惹起された損害は、道路管理者たる和歌山県知事の道路管理の瑕疵に基因する損害である旨主張する。

そこで、検討するに、道路法第四二条第一項によれば、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないとされ、その管理義務の内容としては、単に一般的に管理機構を設置し、巡回、視察、補修、改良等の行為をなさしめるにとどまらず、道路の具体的状況、交通状況に応じて道路が本来果たすべき効用の維持と安全性を保持するために諸般の措置を講ずるべきものと解されているのである。したがつて道路の管理者が道路の凹凸、舗装の脱落、欠損、崩壊箇所等が存在するにかかわらずこれを放置すれば、管理に瑕疵があるとして批難されてもやむをえないところである。しかし、道路管理というのは、前記法条からも明らかな如く、第一義的には道路そのものの構造、状態について本来の効用を維持し安全性を保持し、それによつて安全交通の確保を果すべきことを眼目とするものであるから、道路それ自体については何らの欠陥がないのにかかわらず、道路上に一時放置された物件によつて交通の危険が招来された場合に、右物件を排除し交通の安全を回復しなかつたからといつて直ちに道路管理者の管理の瑕疵と断定することはできない。

道路法第四三条によれば、何人も、みだりに道路に土石、竹木等の物件をたい積しその他道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある行為をしてはならないものとされ、道路交通法第四四条ないし第五一条によれば車両を停車、駐車する場合の場所、時間および方法について規制が設けられ、更に同法第七六条ないし第八〇条によれば道路の使用等について各種の規制がなされており、車両の運転者あるいは道路の使用者において道路上の交通の安全保持につき遵守すべき義務が多々存するのである。すなわち、道路管理者は道路そのものの構造、状態を良好に保持することによつて、車両の運転者および道路使用者は、道路上の運行や道路使用についての法義務を遵守することによつて、両々相俟つて交通の安全を確保しようとするのが法の趣旨であり、両者は相関連しながらも交通安全についての責務を分担しているものである。以上の見地に立つ限り前記の如き欠陥のない道路上における放置物件によつて招来された交通の危険については、物件放置者の責務を検討しそれとの関連において見るのでなければ、道路管理者の管理の瑕疵の有無は断定し難いわけである。

本件においては、本件事故現場附近の国道について、道路それ自体に欠陥が存したと認めるに足りる証拠はない(原告らもそのことを主張するものではない。)のであり、却つて、前述(第一の一、二)の事実関係よりすれば、本件故障車の運転者であつた被告大谷について道路交通法第四八条第一項、第一二〇条第一項第五号違反あるいは同法第七六条第三項、第一一九条第一項第一二号違反の行為があると認められるのであり、本件故障車を修理のため一時国道上に放置したことにより招来した交通の危険は、被告大谷において速やかにこれを除去し交通の安全の回復に努めるべき義務があつたもの(自らの手で排除ができないとしても、警察署に通報する等適切な方法を講ずべきであるのに、これを講じていない。)と考えるべきであり、右放置に基因して惹起した損害は専ら故障車の放置者の責任であるといわねばならない。したがつて、修理の間一時的に道路上に放置された故障車を排除する措置を採らなかつたとしても道路管理者の管理の瑕疵とは認め難いものである。しかしながら、以上は、あくまでも道路管理者と車両の運転者、道路使用者との間の第一義的な意味における関係に基づく議論であつて、道路の交通の危険につき車両の運転者等に注意義務の懈怠がある限り常に道路管理者の管理の責任を生ずる余地がないというのではない。道路法第四二条の趣旨とするところは交通安全維持のため道路管理者に広範な最終的な管理義務を課しているのであるから、道路上の事故の発生が専ら車両の運転者の法義務違反にある場合でも道路管理者の管理責任の問題を生ずることが当然考えられるのである。すなわち本件の如き故障車であつても、故障車が相当期間放置されることにより交通の危険の蓋然性が高まり、管理者において右事実を知り、又は知り得べき状態に立ち至りながらこれを排除しない場合には、たとえ道路自体に欠陥がなく、故障車の放置が車両運転者の法義務違反とされる場合であつても、道路管理者の瑕疵というべきである。しかし、本件においては、前記国道上の事態が右の如き状態に立ち至つていたと認めるに足る証拠はないのである。

以上のとおりとすれば、爾余の点について判断するまでもなく、原告らの被告県に対する本訴各請求はいずれも理由がなく棄却を免れないものである。

第三、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣)

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